北の生活文化(アイヌの人々の衣服 )

 

 

北の生活文化(アイヌの人々の衣服 )


 

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 北海道には、ルイベなどアイヌ料理や、松前藩時代の和食、開拓期に導入した酪農食が伝統料理として残る。衣服は雪国らしい防寒着や靴が発達し、住宅も本州とは異なる断熱性、気密性の高いものが一般的だ。これらは北海道独自であり、本州へ発信されるものもある。
 
アイヌの人々の衣服
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53. 草皮衣
 本来、アイヌの衣服には、人力の遠く及ばない超自然的存在に対する畏怖と制御への願望の心情が託されていた。例えば、衣服の文様はただ単に衣服を美しく飾るためのものではなく、刀の柄や鞘、あるいは木盆やたばこ入れに男性が彫刻した文様と同じく、危急のときに持ち主を守って戦ってくれるものだった。そのため、文様は邪気や悪霊などにつけこまれやすい場所である背、裾、襟、袖部分に集中してほどこされたとみることもできる。

 アイヌの衣服は、現代の私たちに服飾品の呪的作用や魔除け効果の重要性を再認識させてくれる。アイヌの文様の基本的なパターンは、アイウと呼ばれる刺のある括弧文と、モレウという渦巻き文であり、それに似た文様は、アムール・サハリン地方はもちろんのこと、遠くモンゴルにまで認められる。

 アイヌの衣服はほかにも、寒帯地方の獣皮や魚皮、毛皮、鳥皮で作ったものや、樹皮を織って仕立てたもの、または草皮衣などがあった。しかし、毛皮衣や鳥皮衣などは和人に未開の象徴として忌避され、後に衰退した。

 一方、本州や大陸との交易が盛んになると、外来の木綿や絹が流入し、日常着は木綿を主としたものに変わった。松前藩や幕府との公式行事などには、樹木の内皮の繊維を利用して機織り機で制作したアットゥを着用した。晴れ着として、中国産の絹織物で山丹服(さんたんふく)とか蝦夷錦(えぞにしき)と呼ばれる衣服もあった。
 
防寒着の変遷
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56. 角巻き姿・大正中期 57. 二重まわし姿・大正中期
 近世において、和人は北海道の中でも比較的温暖な松前地に住んでいたので、和服に綿入れや刺し子の手法を多用し、アイヌのアットゥや、クマやシカの毛皮を外套(がいとう)に利用した。そのため特に新しい防寒着は誕生していない。

 しかし明治に入り、開拓が全道規模で本格化すると、和服は厳しい寒さに不適当であり、洋服形式と和服を組み合わせた服装がいち早く定着した。特に英国製毛布の“ブランケット”に由来する“赤ゲット”やネルなど外国製毛織物の利用が目を引く。明治30年代半ばから昭和20年代にかけて、女性は茶または紺無地の角巻(かくまき)に雪下駄とおこそ頭巾、男性は黒の羅紗地(らしゃじ)のマント形式で上半身部分が二重になっている“二重まわし”(インバネス、トンビ)が防寒着の定番だった。

 明治初期にオランダ人から技術を学んだ岩井信六(いわいしんろく)が札幌で靴店を開業し、大正初期にはその革靴が洋服と共に急速に普及した。大正中期には、下駄、つまご、深靴に代わってゴム長靴が広まり、屋外での活動時間も伸び、道民は冬でもかなり快適に過ごせるようになった。

 さらに、昭和47年(1972)の札幌オリンピックを境にカラフルな冬のスポーツウェアが出始め、さっぽろ雪まつりでも冬のファッションショーが開催されるなど、防寒着にもファッション性が重視されている。
 
アイヌの人々の食習
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60. ギョウジャニンニク
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61. ウグイの焼き干し
 勇壮なシカ猟や特徴的な道具を使ってのサケ・マス漁に生活の基盤をおくため、アイヌの人々は狩猟採集民として分類されることが多いが、ほかの狩猟採集民に比べ、定住的な暮らしをしていた。毎年決まった時期に遡上するマスやサケなどを大量に捕獲し、乾燥して冬期の食料として貯蔵できたからだ。

 サケ・マスは、頭と内臓をとって開き、寒い時期はそのまま干したり、燻製や焼き干しにして、最後は囲炉裏(いろり)の火棚の上で乾燥させた。肉類はゆでてから干し、やはり火棚の上で乾燥させた。山菜は刻んで干し、または天日で乾燥させたり、ゆでてから乾燥させた。このように住居の中心にある囲炉裏は食料保存に欠かせなかった。農耕も小規模ながら、アワ、ヒエを中心に家の周囲や川のそばで実施されてきた。

 アイヌは植物の採集を積極的に行い、数百種もの植物を使用し、その知識も広範にわたっている。例えばユリ科の植物の鱗茎(りんけい)を食用にすることはアイヌ文化の特徴の一つである。北方の狩猟採集民は漁労、狩猟活動を積極的に行う傾向にあり、総じて採集活動は活発とはいえない。アイヌの活動の舞台は温帯と亜寒帯の境界にあり、多くの有用植物をはぐくんできた落葉広葉樹林帯から食材だけでなく、薬品や道具の素材あるいは染料を入手することができた。一方で北方の狩猟採集文化につながっていくような豊富な動物資源を使用できたことも見逃せない。
 
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