北の総合診療医 - その先の、地域医療へ(江差1)

道立江差病院

非常勤医師 佐藤健太 医師

2022.11.08 記事

プロフィール
東京都多摩市 出身
2005年 東北大学医学部を卒業
2005~2010年 勤医協中央病院 総合診療科 初期・後期研修
2011~2020年 勤医協札幌病院 総合診療科 科長・副院長・研修委員長
2021年 札幌医科大学附属病院 総合診療科 診療医
2020年4月 北海道立江差病院総合診療科指導医/南檜山地域医療教育学講座特任助教
資格
日本プライマリ・ケア学会認定 家庭医療専門医・指導医
日本内科学会 総合内科専門医・指導医
日本専門医機構 総合診療科 特任指導医
日本リハビリテーション医学会 認定臨床医
趣味
読書(小説・漫画)、動画鑑賞(日本アニメ・ゲーム実況動画)、レトロゲーム(ドラクエ・ゼルダ・マリオ初期作品)などインドア派です。
座右の銘・モットー
体重と皮下脂肪がきになる年頃ですが、スイーツは減らさず運動で頑張る方針です。地域医療で各地を点々としながら、各地のスイーツ・名産品を楽しんでいます。

北海道内の様々な地域で総合診療に携わってきた佐藤先生。その各地域で北海道の味覚を楽しみながら、特にスイーツには目がないとのことで体重計の目盛りも気になるところ…しかし、運動を増やしてスイーツ減らさず、と自らを律する少しお茶目な先生。
そんなキャラクターとは裏腹に、インタビュー中の語りには総合診療に対する熱くて深い思いがぎっしりと詰め込まれており、穏やかな口調ではあるものの先生の強い信念が感じられました。随所にユーモアを入れて快く答えてくれた佐藤先生のインタビューを御紹介します。

  • 佐藤先生の写真

南檜山圏域の医療・介護・保健・福祉の現状

身体の不調があったとしても、仕事や生活の事情も含めて相談できる総合診療医が身近にいないため、受診をためらって放置してしまう患者さんは多い印象です。そのため、例えば進行がんで余命いくばくもない状態になって初めて診察に来るという事例も少なくないですね。地域特有の文化や思想というのはやはりあって、その中で70年も80年も生きてきた患者さんの心理としては、よそから来た初対面の医者に「お酒は控えめに」とか当たり前のこと言われたくないので、病院に行きたがらないのは当たり前ですよね。

また、都市部には1次医療で受診できるクリニックとかがたくさんありますが、地方には仕事帰りにちょっと寄って薬だけもらうというような医療機関が少ないので、そういう地方特有の問題も絡んでいると思います。

  • 江差病院の外観の写真

患者さんの“コミュニティ”に合わせた診療

総合診療医は身体的疾患だけではなく、心理面や社会的な問題も含めて診ています。例えば、重症の患者さんを診るのであれば医療者がある程度主導して治療をすすめなければならないですが、慢性的な疾患に対する薬物療法や生活改善を数十年単位で続けなきゃならないとなると、その人の価値観とか生活パターンとかに医療側が合わせていかないと続かないんですね。そのためには、やはり、その人が何を重視して生きているかとか、絶対に譲れないポイントは何なのかというところを把握しなくてはならないんです。そして、必ず患者さんを取り巻くコミュニティにヒントがあるので、総合診療医は患者さんの心理面から価値観、地域特性や文化まで考慮していくことが必須なんです。

都市部との違い

都市部には医療機関がたくさんあるので、患者さんは何らかの理由があってその医療機関を「選ぶ」というプラスの要素がありますが、地方は選択肢がないので嫌でもその病院に行くしかなくて、「俺はこの病院も医者も嫌いだ」みたいな人も結構多いです。関係性がマイナスからスタートするので、短い時間で患者さんの気持ちをつかんで信頼を得るとか、他の医療機関に依頼できないので心理面のケアもしながら何とかここで完結させるというスキルは、地方で働く総合診療医にとっては重要ですね。

医療機関の連携について

過去には連携機関の相互理解がないがために、せっかくの医療資源を活かせていない現実があったと聞いていました。しかし今は総合診療医の研修を受けた医師が当院に複数配置されるようになって、他の医療機関から紹介されてくる患者さんを、四の五の言わずに、まず、快く受けるようになりました。そして、その患者さんの治療が一段落して地元へ帰るときにも、手紙だけで終わらせるのではなくて電話一本入れるなどのひと手間の配慮を心がけて関係性を築きつつあります。そのおかげか、相手方の医療機関もきちんと逆紹介を受けてくれるようになって、現場レベルでの連携の質は確実に上がってきていることを実感しています。

やっぱり、運営母体も環境も違う医療機関同士が連携するので、お互いの信頼関係とか気遣いとかはすごく大事で、その重要性やノウハウをちゃんと学んでいる総合診療医が周りの医療機関とやりとりをすることで、それぞれの医療リソースをうまく活かせるようになってきていると感じます。

連携の課題

江差だけの問題であれば町内の話し合いで完結するのですが、江差を越えた2次医療圏全体で医療の効率化を図ろうと思うと、市町村の壁や、民間か町立かといった壁を越えて取り組んでいく必要があります。それぞれが持っている「常識」や「手続き」とかのギャップがありすぎてうまくいかないな、と思う場面は様々あります。

  • 江差病院の写真

総合診療医を目指した理由

性格的に飽きっぽくて、好奇心旺盛なので、一つの臓器、疾患の診療だけでこれから先の長い医師生活を満足して送れる自信がないなと考えていました。学生のときには、複数の臓器や様々な病気を診られる小児科や産婦人科、膠原病内科、腎臓内科を具体的に検討していました。

ただ、小児科にしても産婦人科にしても年齢や性別で対象が限定されてしまうし、膠原病内科は免疫に異常がないと対象にならないし、なかなかイメージに合致する科がないと感じていたときに「総合診療」という分野に出会いました。自分がイメージする、今眼の前で困っている人にとりあえず手を差し伸べられる「普通のお医者さん」はこれだと気づいて、総合診療の道に進んでいくことを決めました。

また、できる検査を全部して考えるのではなく、患者さんから得られる様々な情報を集めて理詰めで答えを出していくという、推理小説のような診断のやり方にも面白さを感じていました。

ジレンマ

学生時代の大学病院実習でのことなんですが、ある科の患者さんに典型的な症状が当てはまらず確定診断がつかないので、「うちの科的には問題なし」ということで退院になった患者さんが居たんです。でも、患者さんの症状はひとつも解決してなくて、苦しいままなのに「医者としては解決したことになった」ということに衝撃を受けて、患者さんを癒やさないまま診療を終えるということに大きな違和感を抱きました。

また、その当時の友人に血尿の症状が出たことがあって、たまたま自分が腎臓内科のローテートの時だったので適切にアドバイスができました。でも、もし、全然違う臓器の病気だったら「とりあえず病院行きな」くらいしか言えなかったと思うと、医学生として一生懸命勉強してきた意義がないな、情けないなと感じていました。

そんな経験から、私の医師像がだんだん明確になっていって、「100万人に1人の珍しい病気を診断できます!」という医師ではなく、周りに居る友達や家族がよくかかる病気に対して適切な診断ができて、臓器や部位は関係なく何でもとりあえず相談できる「身近だけど頼りになる町医者」というのが自分の考える「医師像」なんだと意識するようになりました。

総合診療医のやりがい

色んな病院にかかってもなかなか良くならなかった患者さんが、自分のところに来て2~3回の診察で劇的に良くなるということが、総合診療の現場ではよくあります。自分が磨き上げた技術で、眼の前の患者さんがみるみる元気になっていくというのは大きなやりがいですね。

現代医療でも、Commonな病気でも、検査で異常がでにくいものだと見落とされていることはよくあります。長年患った患者さんが私のところに来て「あ、その症状、これだよね」って伝えて、すぐに本やパンフレットを使って病気と症状の情報提供をして、患者さんに合わせた服薬方法や生活改善の提案をすると、症状がみるみるうちに良くなっていくというケースはよくあるんです。そうすると患者さんは本当に笑顔になって、患者としての人生を卒業して行くんですよね。こんなにも「患者さんを癒やしている」とか「役に立てている」という実感が持てる医療の現場はほかにないと思います。

今も医学生が研修に来ていますが、患者さんが目の前で良くなっていく姿を見て、みんな「すごいっすね」と言っています。例えば、大病院の専門病棟では、多彩な専門職で力を合わせて最新の薬や機材も使いながら一つの疾患の治療をしていますが、それでも重篤な病気のため全快とはならず長い闘病生活になることも多いです。でも、総合診療の外来では、一人の医師が短時間の診察と簡単な説明だけでも患者さんや御家族を笑顔にできることが日常的に見られるため、他ではなかなか見られない面白さを体験できているのかなと思います。

強み

現代医学でうまく解決できなかった症状を、総合診療医のスキルを使って改善できるというのは、とても楽しいです。がんとか心筋梗塞などの最先端医学のような魅力とは違いますが、Commonな病気の多くは専門的な設備がなくても診療できるので、地方でもへき地でも大きな病院でもどこに行っても同じ力を同じように発揮できるため、その点では総合診療医は強いですよね。

勉強した知識が全て活かせる総合診療医

総合診療医だからと言って勉強の幅が広いように思われがちですが、総合診療医が扱う病気の数というのはそれほど多いわけではないんです。その地域におけるCommonな主訴、病気の種類はそれほど多くなくて、ほかの専門科が扱う病気の数と大して変わりません。ですので、総合診療医は勉強する病気の数は特別多いことはないよ、特別優秀な人じゃなくても普通になれるよと学生にもよく話します。

むしろ、臨床講義や国家試験では、全科の勉強をしていたのに、医者になった途端にほかの科の知識を使わなくなるのはもったいないと感じます。

また、総合診療では医学の勉強だけでなく、自然科学や社会学系の知識も診療に使えるので、ほんとに無駄な勉強・無駄な知識がないです。それに、「普通の人が健康に生活するための学問」なので、学んだことを自分の人生や家族・友達への助言にも活かせるので本当に無駄がないですね。

  • 江差病院の写真

Commonな病気に対して“狭く深く”

該当する専門医が居るRare diseaseであれば、気づいて紹介できればよいので浅くてもよいと思いますが、Common diseaseに関しては専門医より深く深く診られる必要があります。例えば、風邪の診療が呼吸器内科医や感染症専門医より浅くてはだめです。一番Commonな風邪に関しては、他科を圧倒するくらい細かくて最先端で深くて応用の利く知識と、それを実践に移せるだけの説明とコミュニケーション能力、多彩な治療選択肢が頭に入ってなければだめです。

胃腸関係の疾患でもプライマリ・ケアの現場で一番多いのは、検査で異常が出ない胸やけとか胃もたれなんですね。その症状に対して消化器内科の先生よりも診断が下手で、薬の選択とか食事・生活指導が下手だと総合診療医としては意味がありません。どこの臓器が得意か下手かではなくて、臓器の別を超えて「Commonであれば専門医よりちゃんと診られる」ということが必要です。そう考えると、やっぱり「狭く深く」なんです。

総合診療医に向いている人

基本的に向いてない人は居ないと思っています。普通のことを普通にやる領域ですから。

しいて言えば、能力的な向き不向きではなくて、性格的な向き不向きはあるかもしれません。今の総合診療業界は専門医制度などの影響で不安定に見えると思うので、安定したキャリア志向の方は、ある程度伝統のある大病院の専門科とかに所属したほうが安心なのではないかなと思います。不安を感じながら研修するのは辛いですし。

ただ、一方で、総合診療医の仕事は絶対なくならないと思っていて、長期的には非常に安定した職業と考えています。専門科の場合はその科の病気が克服されてしまうと診療科自体がなくなってしまいますが、総合診療医はその時々に発生するCommonな病気に対応していきます。また、遠い将来に全人類が重病で亡くなる心配が消えても、その状態を維持するための予防医療や、簡単な怪我や風邪の相談などがなくなることは考えにくいので、一生食いっぱぐれることはないという安定性はありますね。

研修施設としての江差病院の強み

都市部の研修病院と比較すると医者の数が少ないので、あらゆる疾患、あらゆる患者さんの主治医として主体的に学べるので研修効果は非常に高いです。医者になってから5年以内の時期に1年間でもここに来れば、必ず価値の高い時間を過ごすことができます。

また、札幌医科大学附属病院から私のような指導医も来ているため、主体的に自由にやれる環境だけでなく、適切なフィードバックやレクチャーを受けられる環境も用意されています。圧倒的な診療経験から「身体で覚える」研修と、的確な指導で「頭で考える」研修をバランスよく組み合わされているのは魅力的に映ると思います。

土日や時間外の休みはちゃんと確保できるようにみんなが協力する雰囲気もあって、研修に来た学生や研修医もみんな「生活しやすい」「学びやすい」と言ってくれています。色んな環境を若いうちに経験するのは総合診療医として大事なことです。自分には都市部が合うのか地方やへき地が合うのか見極めにもなりますし、ぜひ研修医という立場のうちに一度当院の総合診療の現場を見てもらうとよいと思います。

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