【根室市】言葉のリレー

聖火ランナーの皆さまによる「言葉のリレー」

根室市聖火リレーに参加予定だった皆様

第2区間 根室市

走行順 氏名
1 大宮 勇吾さん
2 高橋 等さん
3 ワッキーさん
4 清水 鉄志さん
5 中 済さん
6 岸田 喜孝さん
7 志和 秀春さん

高橋 等 さん(遠軽町)

中 済 さん(大阪府)

志和 秀春 さん(根室市)

“まぼろしの聖火ランナー”

①延期そして中止の中で揺れる胸中

朝霧が晴れ新緑がまばゆい初夏の朝を迎えた。今日は令和3年(2021)6月13日(日)、本来であれば一年前東京2020五輪聖火リレー北海道根室市コースを聖火ランナーの一員として走る予定であった。
しかし新型コロナウイルス感染症の感染拡大が全国に広がり、遂に五輪の開催も一年間の延期となった。

年が明け五輪開催(札幌でのマラソン等)の機運も次第に高まりつつある中、全国各地で聖火リレーが始まり、毎日のように新聞ラジオ等を賑わしていた。
そんな時期に突然、五輪組織委員会と北海道知事から「本年の北海道における聖火リレーは中止する」と告げられた。

その時、一瞬耳を疑ったが、まん延防止等重点措置適用中とあっては止むを得ない措置かと理解しつつも残念でならなかった。
実は、卒寿を迎えスポーツ人生の集大成として挑戦する以上、聖火ランナーとして“東京五輪の成功と世界各国アスリートの健闘を祈りながら役割を果たしたい”と胸に抱いた希望も夢も一瞬にして水泡のごとく消えてしまった。

でも地元代表のランナーとして決定以来、励み続けた2年間の歳月は、自分にとって決して無駄ではなかった。いや無駄にはしたくなかった。
公人(とは言えるかな)として健康管理・基礎体力の維持増進・社会規範・人的信頼関係など様々な面で自己を律しながらも希望を胸に取り組んできたからこそ現在の自分がある。そして何よりも家族や周囲の人々の温かい励ましと支えが心強く思えて嬉しかった。

考えてみれば、トーチもない。ユニフォームもない。聖火ランナーとして何の証拠もない。だが聖火リレーのコースだけは自分を待っているような気がしてならない。
そんな胸中を思う時、ここはやはり自らの足で規定区間を“その日に、その時刻に、その場所を”走行するしか自分を納得させる道はないと思った。
そして当日を迎えたのである・・・・・

②無観客ではなかった 一人の素敵な女性との出会い

上はランニングシャツに短パン、下は真新しいシューズに至るまで白一色の出で立ちで老齢の男が一人、ここ総合文化会館前庭に姿を現わす。
入念な準備運動に軽いランニングを繰り返えしながら時々水分を補給し、出発の合図を待っている。案内板もなければ標示板もない。もちろん、関係者など居るはずもない。
辺りは静寂に包まれ、雲一つない澄んだ青空が果てしなく広がる中、かもめが一羽、頭上高く弧を描いて飛んでいる。人の心境を知る由もないが、「おーい、かもめよ。声が出るなら叫んでくれー。がんばれよー」と。

刻一刻と出発の時刻が近づき、カウントダウンが始まる。午前9時の時報と同時に飛び出した。
前庭を右に折れ市道を直進し、北海道道35号根室半島線の信号を左折し、ツルハ前の歩道を直進。赤信号の度に足ぶみ状態を余儀なくされたが、平坦な道は歩幅を広げゆっくりと緩やかな上りは小股に変えて淡々と走り続けた。
海からの微風は街路樹の梢をゆすり微かに頬をなでる。その心地よさが何とも言えない。片手に持ったトーチ代わりのサランラップの芯は重量感に欠けるが、本人は結構気に入っているのだ。
北海道道310号花咲港線の信号で右折し横断歩道を通過して合同庁舎前に着く。人影は全くない。犬猫一匹もいないし車の数も心なしか少ない。「これぞ正しく無観客状態なのだ」と、思わず声を出して一息ついた。

さあ、ここから後半に入る。横断歩道を渡りながら力を込めた。颯爽と振興局前を通過しようとした時であった。
突然、玄関前から駆けつけてきた一人の女性に呼び止められた。見れば初夏の装いも新たに品の良い素敵な中年の女性でした。話の訴えを聞くと「実は、聖火ランナーがこの時間帯にこの通りを走ると“ねむろ広報”で知りましたので応援と激励に来たけれど、そんな雰囲気が全く見られませんので・・」と、困惑した様子で話してくれたので事情を詳しく説明してあげた。
女性は納得してくれた様子なので、別れ際に「実はそのランナーの一人がこの私です。この様な状況下にあっても心置きなくしっかり走ろうと思っています」と、話すと女性は「そうですか。でもよかったランナーの方と直接お会いできて待った甲斐があり本当に有難うございました。最後まで頑張ってください」と激励を受けた。

気を取り直し再び走り始めた。市役所前を通過しながら、後ろを振り向くと手を振り続ける女性の姿が目に留まりいじらしく思えた。
今日は無観客ではないぞ。たった一人でも素敵な女性との出会いは、偶然で奇跡のようであるが唯一の生き証人でもあった。市役所角の信号を渡れば、いよいよゴールのときわ台公園である。慎重に階段を駆け上り、園路を一周して芝生の中央に辿り着いた。

そこが最終のゴール地点である。本来であれば、最終ランナーとして聖火を納灯するセレモニーがある筈だったが・・・・・・残念で堪らなかった。
芝生にしっかり立ち止り、四方を向きながら両拳を突き上げ「やったー」と、思わず叫んで安堵の胸を撫で下ろす。
蛇口から出る冷たい水を頭から浴びながら汗を拭い、達成感に浸り空を仰ぐと雲一つなく正しく日本晴れだった。

走り終えたコースを途中まで辿りながら家路に着く。様々な思いが脳裏を掠める。五輪の延期さえなかったら、その日が来るのを待ち続け直前で病に倒れた亡き最愛の妻の遺影に向かって静かに手を合わせ「俺の五輪はこれで終わった」と語りかけた。

途中で思い出した「ああ、そうだ。君の名は」尋ねるのを忘れていた。
お礼を一言いいたかったのに・・・・。
あ・と・の・ま・つ・り・さー。

撮影

日時:令和3年(2021年)11月1日(月)
会場:根室市総合文化会館(根室市曙町1-40)

 

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