北海道立文書館所蔵資料案内~私文書 藤野家文書

分類記号:B72

近江商人の出身である藤野家は、六代目四郎兵衛のとき松前に渡って海運交易業を営み、1806(文化3)年から上下ヨイチ場所の請負人となった。さらに共同で宗谷・斜里場所の請負を命ぜられた後、1817(文化14)年に国後場所、1823(文政6)年に利尻・礼文場所請負人となり、1832(天保3)年には藤野家最大の経営基盤となる根室場所の請負人となった。なお、藤野家は代々松前(福山)本店を喜兵衛の名で営業し、箱館支店を伊兵衛の名で営業していたが、1858(安政5)年に本店を箱館に移転してからは、箱館本店が喜兵衛、松前(福山)支店が伊兵衛の名となった。維新後は、根室、国後、網走、標津、小樽などの漁場を持つ一方で、倉庫業や回漕業、牧場経営などの多角経営を行った。1884(明治17)年には、実権を藤野本家に移す改革が行われ、以降は本店を大阪とし、函館支店は四郎兵衛の名で営業した。

資料は年代的にも性格的にも大きく二つに分かれる。年代の古い方は、藤野が根室場所を請負う以前の1813(文化3)から明治初期に至る、根室場所関係及び藤野支店(根室)関係の文書。蝦夷人別、番人・稼方、詰合勤番、場所引継関係など、根室会所から詰合役人あて、あるいは藤野本店あての文書の控が多い。場所請負人の公的役務や、維新期における藤野の対応などを知ることができる。

年代が新しい方は、すべて明治40年代以降のもので、本店が大阪に移って以降の函館支店の経営文書。道内各地に所持する漁場や農場の、資産管理や収支に関するものが大部分である。

資料は、金子元保氏(函館市)所蔵文書をマイクロフィルム複製したもの。金子氏が藤野海運函館支店長を務めた森久平の子孫から家屋と蔵、土地を購入したところ、蔵の中に文書類があった。森久平は藤野が函館を撤退したのちも、支店を自宅としていた。

1813(文化10)~1930(昭和5)年

279点(複製)

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