足寄町/足寄産の魅せる卓球台、ショーコート「SAN-EI MOTIF」

株式会社三英TTF事業所 工場長 吉澤 今朝男さん インタビュー写真

東京2020大会から正式種目となった競技があります。そのひとつが、卓球の混合ダブルス。水谷隼選手・伊藤美誠選手ペアが、オリンピックの卓球では日本初となる金メダルを獲得しました。熱戦が繰り広げられた卓球台を開発・製造したのは、足寄町に卓球台専用工場を構える「三英」です。2大会連続3回目の公式サプライヤーに選ばれるまでの軌跡と、機能美あふれる「SAN-EI MOTIF(モティーフ)」の開発物語を伺いました。

株式会社三英TTF事業所 工場長 吉澤 今朝男さん

●プロフィール

株式会社三英TTF事業所 工場長
吉澤 今朝男 さん(足寄町)
長野県出身。専門学校で設計・デザインを学び、1989年、株式会社三英に入社。同社の卓球台が採用されたバルセロナ1992大会では現地でメンテナンスを担当した。世界卓球選手権などの国際大会で使用される卓球台の設計を手がけ、2016年より現職。

技術と経験が生み出したオリパラ兼用の卓球台

吉澤 今朝男さんインタビュの様子(1)
株式会社三英TTF事業所

いまは卓球台の三英として知られていますが、1940年の創業時は材木店でした。1950年代の卓球ブームをきっかけに、取引先からのご依頼で卓球台の天板をつくり始めます。1957年、本社のある千葉県流山市に卓球台専用工場を設立。その後、工場を移転することになり、移転先に決まったのが北海道足寄町です。決め手は、「天板の材料となる木材が入手しやすい」「湿度・気温など気候が木材の保管や加工に適している」「林業が盛んで、技術力の高い木材加工場が集中している」という利点があったこと。1989年から、この工場で卓球台をつくっています。スポーツ用品業界の動態調査によると、競技用卓球台の我が社の国内シェアは約75〜80%まで伸びました。

卓球台写真
●東京2020大会に採用された「SAN-EI MOTIF」

東京2020大会に採用され、この足寄町から送り出した卓球台が「SAN-EI MOTIF(モティーフ)」です。MOTIFとは「動機」を意味するフランス語で、小説や絵画、音楽など創作活動の動機となる思想や主題を指します。この卓球台を見た人たちが、卓球を始める動機に、あるいは日本の伝統文化に興味を持つ動機になるようにと思い、名づけました。

横から見ると、一体化した天板と脚部が「T」にも「鳥の翼」にも見えます。Tには卓球・テーブルテニス・東京の意味を込め、鳥の翼には震災を乗り越えて未来へ羽ばたこうという思いを込め、デザインしました。というのも、今大会は復興五輪と位置づけられていたからです。そこで、素材も東日本大震災の被災地のウダイカンバという木を使いました。また、日本で開催するため、日本の技術と伝統工芸の粋を集めた卓球台をつくりたいと、脚部の装飾に輪島塗を取り入れました。

MOTIFは脚部のデザインが特徴的で、「美しい」「芸術品」とうれしい評価をいただいています。もちろんデザインは重視しました。それは、緊張感のみなぎる会場を彩り、試合に臨む選手たちを高揚させ、テレビで観戦する人たちの目を楽しませる卓球台をつくりたいと思っているからです。でも、最大のこだわりは、選手のプレーに支障をきたさない脚部。天板を支える脚は欠かせない部品ですが、位置によってはプレーの邪魔になります。特に車イスの選手にとっては、プレー領域を狭める障壁となりかねません。その問題を解決するために、これまでに積み重ねてきた技術と経験を総動員して、1本脚のSAN-EI MOTIFを生み出しました。オリンピックでもパラリンピックでも、選手たちが最高のパフォーマンスを発揮できる卓球台になったのではないかと自負しています。

今大会では、12台のSAN-EI MOTIFのほか、約60台の練習用卓球台を納入しました。が、私たちの役割はそれだけではありません。会場での設置作業や大会期間中のメンテナンスも重要な任務です。2、3名のスタッフが常駐して、天板の調整や修理などの保守点検に当たりました。今回は、さらに新型コロナウイルス感染対策も講じなければなりません。ただ、市販のアルコール消毒液で卓球台を拭くと、天板の光沢や摩擦に影響を及ぼします。なので、独自に開発した除菌スプレーで、一試合ごとに天板を拭き、一日を終えると卓球台全体を拭くという対策を取りました。

会場での設置作業の様子
●会場での設置作業の様子
会場での設置作業の様子(2)
感染症対策として独自に開発した除菌スプレー
●感染症対策として独自に開発した除菌スプレー
約60台の練習用卓球台も納入
●約60台の練習用卓球台も納入

卓球のイメージを華やかに塗り替えたブルーの天板
そして、芸術品と名高い卓球台へ

工場の様子
工場には公式サプライヤーとしての歩みが飾られている
●工場には公式サプライヤーとしての歩みが飾られている

60年ほど前の卓球ブーム当時、卓球台の天板は、まな板状の無垢材を継ぎはぎする製造法が主流でした。しかし、その方法だと板が反って天板の表面が波打ってしまいます。反りを解消するために編み出したのが「ランバーコア合板」。これは薄く裁断した板を上下に貼り合わせた天板で、かなり反りを抑えられました。1965年には特許を取得し、この製造法が世界的にもスタンダードとなって行きます。さらに改良を重ねたものが「スーパープライコア天板」で、1997年に実用新案に登録されました。反りを最小限まで抑えた天板は、ボールの弾み方が均一になるため、選手からの評判も上々です。

少しずつ積み重ねた実績が認められ、1991年、千葉県で開催された世界卓球選手権の公式サプライヤーとなりました。このときに提供した卓球台の天板は、鮮やかなブルー。それまでの天板は、黒板のような深い緑色が主流でしたから、かなり注目を集めました。なぜ、天板の色を変えたのかというと、卓球を再び花形スポーツにしたかったからです。その頃、すっかりブームの去った卓球は、地味で暗いスポーツと見られていました。そのイメージを払拭するため、赤色や黄色など明るい色の天板を試作しては、選手のみなさんに使ってもらい、華やかさと使いやすさを兼ね備えた天板の色を模索していました。そうして完成したのが、いまではすっかり定着したブルーの天板です。選手はもちろん、国際卓球連盟をはじめとする関係者にもマスコミにも評判がよく、翌年のバルセロナ1992大会の公式サプライヤーに選ばれるきっかけとなりました。

インタビューの様子

バルセロナのときの経験から、卓球台は機能に加えてデザインも重要であると考え、脚部の形状にもこだわり始めます。2001年に大阪府で開催された世界卓球選手権でお披露目した卓球台が、デザイン性の高い卓球台「ショーコートテーブル」の原点といえるでしょう。さらに試行錯誤を繰り返して仕上げたのが「SAN-EI infinity(インフィニティー)」。リオデジャネイロ2016大会で使用された卓球台です。このとき、天板に新しい色を使いました。新色の開発中に発生した東日本大震災からの復興を願い、芽吹きを思い起こさせる色を完成させます。青と緑の中間色で、フランス語で青い瞳を意味する「レジュブルー」と名づけました。この新色には、開催国ブラジルのアマゾンのイメージも重ねています。SAN-EI infinityのもうひとつの特徴が、脚部。ボールの軌道を表現したX字形のデザインで、岩手県宮古市産のブナ材を使用しました。そこには、日系ブラジル人をはじめ現地の方々に日本の技術や木の良さを見てほしいという思いと、東日本大震災の被災地を支えたいという思いがありました。SAN-EI infinityの天板のレジュブルーも、木製の脚部も、日本らしさもすべてSAN-EI MOTIFへと引き継がれています。

競技会場での「SAN-EI MOTIF」
●競技会場での「SAN-EI MOTIF」
機能とともにデザインも重視し、脚部の形状にもこだわった
●機能とともにデザインも重視し、脚部の形状にもこだわった

選手の「感覚」に寄り添い、選手に喜ばれる卓球台を探り続ける

インタビューの様子(2)
インタビューの様子(3)

スポーツ用品には、厳しい規格が定められています。たとえば卓球台の国際規格サイズは、長さ2740mm・幅1525mm・高さ760mm。そのほかにも、天板の反りや光沢、摩擦、ボールのバウンドなどに関して細かく数値が設定されています。そして、指定の検査機関での公認試験に合格した製品だけが、国際大会で使用が認められます。卓球台メーカーとしては、まず、規格を厳守しなければなりません。しかし、規格を守りさえすれば良い卓球台ができるわけではありません。

では、どうするのか。規格のなかにも「天板とITTF(国際卓球連盟)公認ボールの摩擦係数は、0.6以下とする」というように、幅を持たせた数値があります。その範囲内で、私たちはベストの数値を探り続けてきました。そのとき、よりどころとなるのは選手の「感覚」。特にトップレベルの選手ともなると、わずかな数値の違いを、プレーしたときの感覚の違いで認識していて、各々の表現で伝えてくれます。それをくみ取り、私たちは改良を重ねるのです。変えられない規格は守りながら、変えられる部分は積極的に変えるという方針で、三英らしい卓球台をつくり出してきました。

試合のとき、選手は卓球台を選べません。どの卓球台でも実力を発揮しなければ、勝利は遠のきます。だからこそ、卓球台が選手のプレーを阻害するようなことがあってはなりません。私たちは、これからもより良い卓球台を追い求め、選手に喜ばれる卓球台をつくり続けていきます。

工場では脚部の加工・塗装から天板製作まで、高い技術で製造される
●工場では脚部の加工・塗装から天板製作まで、高い技術で製造される
工場の様子

※2021年12月の取材による情報です
※感染症対策を講じた上で撮影のために取材時のみマスクを外しています

 

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